気にしすぎる性格を活かして書く仕事で生計を立てるまで【自己紹介】

僕は8年ぐらいレンガという名前で活動している。

僕は典型的な気にしすぎの人間だった。
それが才能に変わるとは夢にも思ってなかった。

どれぐらい気にしすぎ人間だったか?の前に、まずどういう才能に変わったか?ってのを自己紹介を兼ねて簡単に話していく。

「気にしすぎ」が化けた1つの才能

僕が今才能の1つとして活かされているのがまず”書く”こと。
書けるという才能は仕事の場でかなり威力を発揮している。

実際に僕が書くだけでどれぐらい威力を発揮してきたか?というと、

例えば、

  • 自筆の手紙を書いただけで著書10冊の有名医師とアポがとれて業務提携
  • 健康分野のセールス文を書いて累計1400万以上を売り上げる
  • ビリギャル発祥のSTORYS.JPで総合2位になり873作品から入選受賞
  • 5万円の商品を人に会わずに文章のみで780名動員
  • 2万4千文字のWeb用セールス文を書いて24時間で1000万円の利益
  • 累計読者6000名のメールマガジンを8年以上継続運営
  • パーソナルジムや英語学習塾など店舗事業を集客するゴーストライター

などと、書くというだけでわかりやすく金額でいうと最低でも1億円以上を生み出す威力を発揮している。

これの注目して欲しいところは、
僕はこれらのために特に大変な努力をしたわけではないということ。

もちろん最低限の知識は学んだ。

けど、頑張って頑張って苦労したあげく書く才能を手に入れたわけではない。

どちらかというと、
気がついたらできちゃってた。
なんかできちゃうだけ。

最初からできていた
という感覚の方が正しい。

おかげで、
今では自分対してその威力を発揮するだけじゃなく、
人に対しての貢献もできるようになった。

これはデカイ。
社会活動する上で。

例えば、

他人の商品企画を次々に作ったり、商品販売の宣伝台本を裏でいくつも監修している。

書く仕事から、企画する仕事・制作する仕事・裏方としてプロデュースする仕事と発展してきた。

こういう話をすると、

「すごいですね」
「自頭がいいんですね」

みたいによく言われる。

けど自分的にはすごいと思ったことは1度もない。

こんなのはマジで誰でもできると思ってるから。

とはいえ、

書く才能だけで仕事がどんどん発展して、収入はトップ1%には入れる経済的な余裕が出来たのがやはり一番大きい。

なんせやってることは書くことがコアで、その絶対領域をもとに仕事の幅が広がりまくった。

おかげで人生もだいぶ変わった。

昔のレンガ少年が今の僕を見たら、
「おぉぉ!!!」
というかもしれない。

けど今みたいにこんなに仕事が充実して、生きているのが面白くなったのはほんのつい最近の話で。

僕は今までこのこじらせた性格から、
ずっと不遇の時代を過ごしてきた。

僕がどれだけ、
物静かでおとなしく、
心配性で消極的で生真面目な性格だったか?
というのは、

後天的な要素が形成された今の僕のことを話してもたぶんわかりづらい。

なので、

まだ先天的な要素が垣間見える、
小学生ぐらいのときの話を聞いてもらえると、
わかりやすいと思う。

ホームランを打って無表情でベンチに帰ってきて怒られるほどネクラ

僕の少年野球時代。

「おい!もっと喜べよ!!」

ベンチに帰ってきたら、
監督から怒鳴られた。

最初怒鳴られたとき、
なぜ怒られているのか意味がわからなかった。

僕がホームベースを踏んで、
ベンチに帰ってきたとき、
得点が入ってみんな騒いでお祭りムードだった。

見にきてくれていた先輩までも、
「おい!もっと喜べよ!!」
僕に近寄ってまで伝えてきた。

そんなに僕は無表情だったのだろうか。
逆にもしかしたら険しい顔をしていたのかもしれない。

どちらにせよ、
僕が打った打球はショートがエラーをして、左中間にボールが抜けていっただけだ。

(※ 野球の言葉の意味がわからない場合は人に聞くか調べてください)

それでホームまで帰ってこれて、
何も嬉しいことはない。

相手がミスしただけだ。

自分が好プレーをしたわけではないので嬉しいことは1つもない。

だからたぶんめちゃくちゃ無表情で、
ベンチに帰ってきたんだろう。

僕はこのときから、
みんなが住んでいる世界と、
自分が住んでいる世界は、
なんか違うんかなと感じた。

けど、

ホームランを打って無表情なことに対して、
監督や先輩から怒られたことをずっと気にしていた。

そして、
責任感が強く敏感で生真面目な性格の僕は、

・喜ばない自分がいけないんだ
・ホームランを打って無表情じゃいけないんだ
・喜ばない表情をしていない自分はおかしいんだ
・おとなしくしているのはいけないことなんだ
・相手のミスで得点しても喜ばなきゃいけないんだ

と、自分を責め続けていた。

この頃から僕は敏感すぎる性質を持っていた。

このとき10歳。

本当はおとなしいのに小5で無理して人気者を演じたらクラス1の人気者に

親の仕事の関係で、
僕は小学校5年生の時点で、
すでに3つ目の学校だった。

このとき未だ11歳という年齢なのに、
クラスで人気者になれない自分の性格に対して、
コンプレックスと劣等感を持っていた。

ただ、

1つ目2つ目の学校で、
どういうキャラクターが人気で、
どういうキャラクターがモテて、
どういうキャラクターが先生や親から褒められるのか?
というのを自動的に学習していた。

そして、

3つの学校の転校初日、
内心は心配で不安で不安で仕方なかった。

けど、

一緒に同行してくれた母親には、
不安そうな顔はいっさい見せてはいない。

いざ学校へ行く。

初日から「転校生がきたぞ!!」と、
僕の周りにクラスのみんなが寄ってたかってきた。

これはいける。
と思った。

3つめの小学校はイージーモードだった。

やり方は簡単だった。
普段の僕のまったく逆をすればいいだけだ。

11歳の僕は今まで僕のことを知らない新たな地で、
明るくて面白い積極的な人間を演じた。

小学生ぐらいのときは、
男子は運動ができる子が人気なので、
運動の行事は張り切る。

ギャグを作ってはクラスでは流行らす。

先生に当てられたら、
クラスのみんなが何を言うんだ?
と注目されて緊張しているのを隠しながら最大限ふざけた回答をする。

そうやって、
学校ではとくにかく明るいキャラを演出をしていた。

おかげで僕は本当はネクラで内向的なやつなのに、
クラスで一番の人気者になれてしまった。

しかし、

この11歳で社交キャラを演じられたこの成功体験が、
逆に大人になって自分を苦しめるきっかけになってしまう。

他人よりできないところを克服する病に20年間苦しむ

小学生でコンプレックスを解消するためにクラスで一番の人気者になれてしまった。

おかげで僕は本当の自分を人に見せない癖がついてしまった。

それは、

中学・高校・大学、
そして社会人になってからとずっとだ。

そして、

常に他人よりできてないことを克服することばかりに目を向けた。

クラスで1番人気者になれてから20年間。

他人とすぐに比べては見つけ比べれては見つけを繰り返し、
劣っている部分を解消するためだけに時間を使ってきた。

例えば、

・本当は大勢よりも1対1が付き合いやすい
→ だけど大勢でいるのが楽しいふりをする

・本当は一人でいる時間がないとしんどい
→ だけど一人で過ごしたいことを口に出せない

・本当は内容の無い会話が苦痛だと感じる
→ だけど無理して会話を続ける方法を見出す

・本当は行動する前に考えてしまう
→ だけど人前ではすぐに行動しているように見せている

・考えてから話すのでワンテンポ遅い
→ 考えなくていいようにパターンを知り尽くす

・本当は電話をするのは緊張する
→ だけど電話するしかないので電話するだけで疲労

・本当は1度にたくさんのことができない
→ だけどマルチタスクをやって苦しむ

・本当は人と関わるとエネルギーを使い果てて疲れる
→ だけど周りは疲れてないので自分にムチを入れる

・生真面目であまりウソがつけない
→ 結果的に損することが多い

・白黒付けて完璧主義になりがち
→ 70点の自分は許せないのでできてない30点を見て疲れる

・本当は他人のちょっとした一言が気になってしまう
→ 気になるので家に帰ってから布団の中でじっくり消化

・本当は初対面の女性とは緊張して何を話せばいいかわらない
→ 女性慣れしていると思わせるためにチャラ男を演じる

・本当は細かいとろこが気になっている
→ だけと細かいヤツと思われたくないので言わずにストレスをためる

・本当は他人のできてないのも目についている
→ だけと他人に厳しくするのはよくないと思って言わずにストレスをためる

といった具合だ。

“他人よりできないところを克服する病”
と言ってもいいと思う。

どんな仕事をしてもできてないところしか目に入らない。

できてないことばかりに目を向けて、
平均までもっていくこと時間を費やす過すごし方。

これに疲弊していた気がする。
生きている心地がしない。

さらに、

実際に、
僕は会社を辞めて独立起業するまで、
生きていて楽しいことは1つもなかった。

そして、

僕はあるときこう思った。

「真面目に頑張ってええことないわ。もうやめよ。」

このままいくと、
僕はどうなるか?
ってふと考えたことがある。

たぶん、
このままだと、

[1]他人と比較する

[2]優劣をつける

[3]自己評価する

[4]偏差値50未満の箇所は”改善すべき”

[5]できない箇所を平均レベルまで克服するために頑張る

この[1]〜[5]をループさせて、
僕は一生時間を過ごすことになるだろうと。

クソつまらん。
なんかしんどいだけ。

これって他人の人生を生きてるのと同じやわ。

つまり死んでるのと変わらないんじゃないか?
と、思うようになった。

「真面目に頑張ってええことないわ。やめよ。」

そこから、

僕は今までの価値観を全部捨てて、
いったん思考をニュートラルにした。

ニュートラルにするために、
まず自分を知る作業を増やした。

オレはほんとうはどう思ってんの?

今まで雑音をめちゃくちゃ拾っていたので、
まず雑音を拾うのやめた。

本当はどうしたいって?

お金稼ぎたい。
美女をゲットしたい。

ってなったら、

会社で給料もらうのって効率悪くね?
いちいち出勤せずに家でパジャマで稼げたらよくね?
合コンとか意味なくね?
道で気に入った美女に声かけたらよくね?

とか。

葬式で集まって盛り上がっている意味がわからん。
二度といくかボケーっ!

名刺交換とかキモ!なにあれ。
あの形式の時間ムダやわー。

年賀状に子供の写真とか載せてくるな
お前の家族は1つも興味ないわカスーっ!

とか。

自分が思うことは、
全部あー僕ってこう思ってるんだ。
と認識するために、

周りの雑音は無視して、
自問自答を意識的にすることで、
僕は僕のことを知る時間を増やした。

そして、もう一方で勉強。

いろんな仕事をしている人の本を読んだり、人に会ったり話を聞いたりした。

世の中のことをもっと知るほど、
自分の無知さを感じた。

特にビジネスの世界は衝撃だった。

ビジネスやっている人の頭って、
めちゃくちゃニュートラルで。

いつも常識を疑っている。

僕は世の中にこんな人種がいることさえも知らなかった。

同時に1つの嬉しさも感じた。

僕と同じように、
「そもそもやりたくないことやらなくてよくね?」
とか
「別にラクにお金稼げるならそれでよくね?」
とか
本能のままに前進しながらも、
みんなが知らないようなことを知っている人たちが、
まぶしく見えた。

新しい価値を創造する起業家たちの頭の中の世界は面白いと思えた。

そして、

自分も常識にとらわれずに仕事がしたいと思い、
自分が得たい情報を手に入れるために、
貯金の底がつきるまでお金を使った。

3万2千字の文章を書いただけで2万円が入金されて価値観崩壊

僕が書く才能を発揮したのは、
3万2千文字のセールス文を書いて、
1万円の商品が2つ売れたとき。

僕は思わず自分の部屋で飛び上がって
「しーーー!」
とガッツポーズをした。

なぜか一瞬オエーッってなった。

人間嬉し過ぎる時は、
吐き気がするんだなと、
いうことがわかったぐらい。

こんな一瞬で、
自分の銀行口座に、
お金が振り込まれるなんて。

しかも頑張った感覚はゼロ。
努力した感覚もゼロ

どちらかというと、
毎朝決まった時間に満員電車にのって、会社に行って仕事をしてたときの方が何十倍も頑張って努力をしていたから。

しかもまだ学びはじめて、
2,3ヶ月しか経ってない。

なのにあっさり結果が出た。

もう完全に価値観崩壊の瞬間。

今までの自分のできないことを克服するために時間を充てていたのはいったいなんだったのだろう。

と感じたのと同時に、

知っているか知らないかの違いってヤバイ!
っていうか、

もうコワイとすら思った。

今まで頑張って頑張って苦労したあげく、できるようになったことは、
思ったほど結果が出ないし評価もされなかった。

真面目に頑張るのやめて良かったし、
頑張る方向を間違うとマジで恐ろしいことになる。

なぜこんなにあっさり上手くいったのか?

それはたぶん、

他人と比較してしまう特性を、
分析したり研究したりする方向に使えたからだと思う。

僕は今まで、
他人と自分を比較して、
優劣をつけて評価をする。

ということを自然にやっていた。

けど、以前はそれをダメな自分を克服するために使っていた。

この出来事は僕のもともと持っているクセを、
分析や研究をするという「リサーチ」という方面に、
うまく転換されて自然に使っていた。

意識したわけではない。
勝手にしていた。

だから、

「あーこういうのが売れるのね」
「あーこういうの求めらているのね」
っていうのが肌感覚的に簡単にわかった。

それは、

僕が1つめ2つめの小学校で、
どういうキャラクターで、
どういう発言をする子がクラスの人気者になるのか?
を研究して、

3つめの小学校で、
その研究結果を活かして、
クラス1の人気者になったのと、
やってることは変わりなかったということ。

過去に”他人よりできないところを克服する病”に使っていたところが、
こうやって商品を売るための才能に繋がるとは夢にも思わなかった。

点と点が線になって繋がった理由

このように、
頑張ってないけどできちゃうってのはすごくラクだし楽しい。

このような一見マイナスに見える部分を、
プラスに転換できたのは知識のおかげと言える。

知識が自分を救ってくれた。

僕が気にしすぎる性格を才能に活かせたのも知識があったからこそ。

だから自分を知るってことがめちゃくちゃ大事で。

例えば、

僕の敏感すぎる性質は、
一般的には内向型だったり、
アダルトチルドレンの要素、
HSP(Highly Sensitive Person)の特性など
世間で定義付けされたその手のことも知っている。

ただ、

そこでじゃあ内向型だとかHSPだとか
ゼロ100みたいに分類できるか?
と言えばそういうわけでもない。

血液型がO型だから、
おおざっぱな性格だとは言いきれないのと同じ。

これもゼロ100ではない。

だけど、

そう言われている事実や、
そういう型を作って楽しんでいる人がいる事実は、
知識として知っておくようにしている。

それが良いとか悪いとかではなく。
それがニュートラル思考。

そうやって、
僕は学ぶこと知ることで自分の性格や性質の使い方を、
今ではプラスの才能に変えていっている。

今回は僕が”書く”ということが1つの才能だという話をしたけど、
これは振り返ってみると実は昔から言われていた。

・元キー局のアナウンサー
・年利益5億円のコピーライター

などからも「書くのうまいね」とか、
「どれだけ文章研究してるの?」とか、
「僕はレンガさんには及ばないですよ」とか、
言われてきた。

けど、

僕はその部分の努力してる自覚はないから、
「へー」ぐらいにずっと流し続けていた。

書くことに関してアイデンティティとかもない。
ぶっちゃけどうでもいい。

いい意味でこだわりもないので、
コピーライターと名乗ったこともない。

実際、未だに漢字とか苦手で読めない漢字ばっかり。

僕はずっと、
“頑張って克服して結果を出すべき教”を信仰していたと思う。
そういう思い込みをしていたはず。

ラクして成果をあげてはいけないみたいな。
ラクしてお金は稼いではいけないみたいなのと同じ。

んなわけないやんって話で。

だから今は、
そういう自分の特性やこれまでの知識が、
点と点が線になって繋がっている。

一見ムダに思えた、
小学校でクラスで一番人気者になるための演出は、
今ビジネス全体のシナリオを組み立てるのに役立っている。

今の時代は商品力では売れない時代で、
キャラクターやファンを作れない企業は淘汰されるので、
利益に結びつくファン化の方法なども教えている。

それは、
僕が小学校のときにやっていたことと本質的には変わらない。

そして、

これからも僕は学びまくる予定なので点はさらに増え続け、線もさらに増え続け、できることがさらに増えていく。

この感覚は以前の僕にはなかった。

偽りのない本当の自分のことを知って知識を得てきたからこそ繋がってきた。

学べば学ぶほど仕事は充実する

僕は今毎年最低でも、
年間に200万ぐらいは、
知識や情報を得るためにお金を投じている。

これはこんなに学んでるぜー!
ってなにも自慢したいわけではなく、

単純に自分の収入に直接跳ね返ってくるし、
仕事の幅が広がって勉強することが楽しいし、
ノーリスク・ハイリターンで良いことしかない
ということを伝えたい。

学べば学ぶほど仕事は充実する。
これは間違いない。

これも僕は20年間ぐらい、
ずっと勘違いしていたというか、
気づけなかった。

今だからわかるけど、

僕は勉強が嫌いなんじゃなくて、
学校という画一的な価値観を強要される集団活動が、
しんどくてイヤなだけだった。

仕事も同じ。

僕は親の影響で、
仕事はしんどいものだと植え付けられていた。
給料をもらうために頑張る、みたいな。

全然違う。
浅すぎる。

たぶん仕事のしんどさって、
会社というこれも画一的な価値観を強要される集団活動が
イヤなだけだと思う。

少なくとも僕はそうだった。

仕事が嫌なんじゃなくて会社の体質がイヤなだけ。

(もちろん柔軟な良い会社もたくさんある)

僕みたいに本当は内向型の要素が多いのに、
外向型に見られたいために学校や会社とかの、
集団組織では実力以下の評価を受けている人は意外に多い。

本当は内向的な要素の強い人間は、
新しい価値を生み出したり、
AI時代に必要だと言われるクリエイティブな素質を持っている人は多い。

実際、アメリカの大学の研究では、
20科目の教科のテストをしたら全部の教科について、
内向型の学生の方が知識が勝っていたというデータもある。

もちろん知識だけあっても意味はない。

けど、本当は実力があるのにもかかわらず、
実力以下の評価しかされないのは
めちゃくちゃもったいないと思っている。

僕みたいな気にしすぎる性格が悪い方に働いてしまい、
せっかく社会で活躍できたり人に貢献できたり、
価値を創造してお金も稼げる素質があるのに、
画一的な価値観に押しつぶされているのはかなりもったいない。

頑張りより才能を活かす方が強い

こんなに熱心に語っている理由は、
努力して頑張るより才能を活かす方が強い
ということを僕は世の中に伝えたいと思っているから。

実際、

敏感過ぎる人とか、
気にしすぎる人とか、
内向的な人とかって、

人の気持ちも配慮できないヤツから、
「もっとポジティブになろうよ!」
とか考えなしに言われている。

で、

言われている本人もその無意味さに気づかずに、

そうなのか!
私はもっと積極的にならないと!とか、
もっと表情豊かにならないと!とか、
もっと口達者にならないと!とか、
もっと楽観的にならないと!とか
思って自分を責めすぎている。

そうじゃない。

そもそも性質はずっと変わらない。

それは、

飲み会でアルコールを分解できない肝臓の人に、
「もっと飲もうよ。飲めば強くなるよ!」
と言っているのと同じ。

そんな不毛なことはしなくていい。

アルコールを分解できない人は、
どんなに努力しても
そこまで飲めるようにはならない。

それなら、

飲むこと以外で、
盛り上げに貢献したり、
飲むこと以外の得意分野を見つけた方が100倍いい。

僕はどんな人にも才能があると思っている。
というか「ある」と断言する。

なぜなら、

僕みたいな典型的な気にしすぎ人間で、
20年間”他人よりできないところを克服する病”だった
こんなヤツでも才能を発揮することができているから。

しかもそれは1つだけじゃない。

今回はわかりやすいので、
僕の”書く”という才能の話をした。

僕は得意の研究や分析(これも僕の才能の1つ)で、
僕と同じ感覚のタイプはだいたい僕と似たところが秀でている可能性が高い。

だけどそれに気付いてない人は、
めちゃくちゃ多い。

間違った方向に努力をしている可能性がある。

アルコール分解できない肝臓なのに
飲めるようにしているみたいな。

だからまず才能に気づこうよってのがあって、
こういう発信をするようになった。

一番のきっかけは、
考えすぎる性格は一瞬で才能に変わるよ
っていう話をYouTuebで話したら、
全く無名の僕の動画で5万9千回以上も再生されて。

なるほど。
これを伝えらるのはオレしかおらん!
と思って。

それでこのブログもメルマガも開設した。

だからこのブログを全部隅から隅まで読んでいくだけでも、
だいぶ道は開けると思う。

才能に気付けるとマジで一瞬で、
ガーッといくんで。

その感覚を味わってもらいたい。

「あーこれきたな」
っていう。

実際のところ4人に1人か、
5人に1人は僕の感覚を持ってる人いるんで、
僕のこの発信をきっかけに社会で活躍できる人が1人でも現れたら嬉しい。

僕が自分の才能をどう生かしているか?
みたいなのもメルマガで話したりている
さらに突っ込んだ深い話が聞きたい場合は、
メルマガ登録しておいて欲しい。

・内向的だとなぜ書く仕事として才能があるのかとか、
・30年来の引っ込み思案が克服されるまで何をやったかとか、
・「人と一緒にいると疲れる」人の才能の発揮の仕方とか、
・頑張らずに普通以上の結果が出せる方法とか、
・「失敗しまくれ」みたいな成功法則が参考にならない理由とか、
・なぜ一生自分の才能に気づかないで死んでいくのかとか、
・自分の才能を活かした仕事で人口の4%に入る方法とか、

そんな話している。

あと、

なんかの縁でこれを見てくれたなら、
僕は普通にメルマガ読者と会ったり、
場合によっては一緒に仕事したりとかある。

なんとなくレンガの感覚近いなーとか思うなら、
関わる機会も狙ってもらえればと。

そういうきっかけを作るためにも、
これ用のメルマガをこれからやっていくので、
興味ある方は登録どうぞ。

気にしすぎる性格を才能に変えるメルマガ

1件のコメント

  1. このブログでとても良い記事をいくつか読ませていただきました。
    これからの自分に希望が持てました。
    私は他の人のブログにコメントを残すことなんて
    ほとんどしたことがないのですが、ぜひ感謝の気持ちを伝えたいと思えるほど今の自分に必要な情報でした。ウェブ上で発信してくれてありがとうございます。

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